古賀 雄大

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素材の魅力をそのままに、まっすぐ、ガラスの綺麗さを表現したい

大学時代は栄養士を目指しながらも、卒業後、大胆にガラスの道へと歩みを進めた古賀さん。沖縄でガラスづくりを学んだのち、2016年に富山に移り、現在、「富山ガラス工房」にて、日々、ガラスの勉強に精を出しています。

 

先輩たちの優れた技術やきらりと光る個性を間近にし、その刺激を糧にして、ただいま、発展途上にあり。今回は、そんな古賀さんの挑戦の物語をご紹介します。

 

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幼少期に見た、ステンドグラスの美しさに憧れを抱いて

—古賀さんのお生まれは、どちらですか?

 

福岡です。

 

—ガラスを始めようと思われたきっかけは、何だったのでしょうか?

 

ぼくは、美術系の大学などを出ているわけではなく、大学までは管理栄養士を目指していました。大学は山口の下関です。でも、昔から自分の手を使って物を作ることが好きで…、管理栄養士として社会に出る直前で、やっぱり物を作る人になりたいなって。でも、物を作ると一口に言ったって、いろいろありますよね。栄養士の流れで、料理人の道というのもありますし。

 

そうして、自分は一体何を作りたいんだろうって悩んでいた時に、ぱっと頭に思い浮かんだのが、教会のステンドグラスでした。ガラスに魅力を感じた“さいしょ”を辿ってみると、小さなころに見たステンドグラスの印象が強かったのかなと。

 

あとは、TVチャンピオンなどのメディアで見た職人さんの姿にも、影響を受けました。

—でも、本当に思い切った転身ですよね(笑)。

 

そうですね(笑)。栄養士の国家試験は大学の卒業式の前日にありまして、大学3年のころから心の中では「ガラスやりたい!」って思っていながら、卒業直前まで栄養士の勉強に力を注がなければなりませんでした。そういう意味で、大変さやジレンマはありましたね。

 

それに、ぼくはガラスの学校を出ていないので、こういった工房には雇ってもらえなかったんですよ。それでも大学卒業後はガラスを学べる環境を探し続け、そうして、最終的に沖縄に行き着きました。琉球ガラスですね。素人でも見習いからガラス職として雇ってくれる工房に出会えたので、飛び込みました。

 

—沖縄では何年ぐらい修行されたんですか?

 

5年ちょっとでしょうか。それから富山に来て、ちょうど1年ほどになります。

 

—富山にはもともと関心を持っていましたか?

 

そうですね。富山はガラスが有名だということは知っていて、沖縄の工房とここ「富山ガラス工房」の交流もあったので。ぼく、沖縄で結婚しまして、嫁さんもガラスをやっているんですが、これはたまたまですけど、彼女の実家が富山なんです。なので、富山には馴染みがありました。

 

—沖縄ではご自身の作品づくりはされていましたか?

 

沖縄では見習いという身分だったので、アシスタント業務がメインでした。自分一人でひとつの作品を一から十まで作るという機会は、ほとんどありませんでした。年に数回コンペがあって、その時に作る許しがもらえれば作る、といった程度です。

 

沖縄でお世話になった工房では、吹きだったら吹きと、分業・流れ作業でガラス制作が進められました。個人の作品というよりは、工房の商品という感じですね。

ガラスの世界の扉をたたいて

—急にガラスの世界に入られたわけですが、大変なことも多かったんじゃないですか?

 

いやあ、大変なことだらけでした(笑)。最初は何もわからないんで。溶けたガラスというものはどういうものなのかとか。どうやったら割れる、割れないとか。あとは、先輩たちが作っている風景を、ひたすら見て覚える感じですね。

 

最初は、色がついた粒ガラス、カレットっていうんですけど、それをひたすらハンマーで割るなんて作業をずっとやっていました。工場の隅っこに座りながら、先輩の作業を横目で眺めながら(笑)。

 

あとは、出来上がったガラス製品を、「徐冷炉(じょれいろ)」という、ガラスをゆっくり冷ますための炉に入れる、など。一日中、そういった単純作業だけを繰り返すなんて日もざらでした。

 

—それでも、辞めようとは思わなかったんですね。

 

逆に、無知だったのでよかった、ということもあったように思います。キツさだとかを深く考えずに、ただ「やりたい」という想いが強かったので。

 

—その中でも、自分の作品を作りたいという想いは持ち続けてたんですね。

 

そうですね。毎日決まったものを作っていて、「もっとこうしたらいいのにな」っていうものを、自分なりに考えたりもしていました。でも、商品だから動かしようがないので。

 

—富山では、自分の作品づくりの時間は確保できていますか?

 

はい。沖縄のころと比べたら、おかげさまで。何より、周りに上手な人がいっぱいいるので、すごく勉強になります。見て覚えるというのは、沖縄時代に鍛えられたので、ちょっとずつですが、見て学びながら、技術も上達してきている実感はあります

 

—今、「富山ガラス工房」では、体験対応をメインにされているとのことですが。

 

はい、今、ぼくは「常勤臨時スタッフ」という立場で、体験に来たお客さんのサポートをメインの仕事にしています。制作を中心に行う「技術スタッフ」になるのにも試験がありまして、今年、ぼくはそれに挑戦しようと思っています。試験内容は、デザイン画を10枚程度提出して、その中から工房が指定した2、3点を実際に作るといったものです。あと、面接ですね。

 

体験サポートも大切な仕事だと思いますが、将来、ガラスで食べていくためには、技術をもっともっと上げたいなという想いが、やっぱりありますね。

ガラスそのももの綺麗さを表現したい

—それでは、古賀さんの作品づくりのこだわりについて、聞かせていただけますか?

 

ぼくは、まだまだ勉強中でして…。今の「技術スタッフ」さんたちは、すでに自分のスタイルをしっかり確立されている方たちばかりで、「あ、これはあの人の作品だな」って見たらすぐわかるのですが、ぼくはまだ試行錯誤の最中です。

 

—でも、このお皿の模様などはとても素敵ですが。

ありがとうございます。このお皿は沖縄にいる時に作ったものですが…、当時、「三つ足」という3つの点(足)で支える器をよく作っていまして。それ以降、「3」という数字がすごく気になっちゃって(笑)。それで、「三角」の形で何かやってみようかなって発想したんです。「3」って数字は、「安定」を感じさせますし

 

あと、ガラスそのものの綺麗さを素直に表現するにはどうしたらいいのかなというのは、常に考えるようにしています。なるべく、銀などを入れずに、ガラス自体のキラキラした部分を見せられたらなって。

 

—この三角以外のところを、サンドブラストで削っていったのですか?

そうですね。だから、この青いお皿の場合は、青の色ガラスの表面を削っていって、白のラインを描き出していきました。白のお皿は、もともと透明な表面部分を、削っていって磨りガラス様にすることで、白の模様を出していく、といった感じです。

 

このサンドブラストの技法はまだまだ初歩的なものですが、今回お話をいただいた時に、自分らしいものということで、こういった作品をお出ししようかなと思いました。

多くの選択肢に触れながら、未来の姿を描いていきたい

—これから挑戦していきたい技法などはありますか?

 

今はカットの技法が気になっています。切子のようなカットガラス。カットを入れるだけで、同じガラスでもまったく違った綺麗さを見せてくれます。ちょっとした加工で、ガラスそのものの綺麗さを出せるということに、魅力を感じますね。今、実際に少し挑戦し始めているのですが、随分と修行がいるなと実感しています。

 

切子は、一作品一作品にものすごい時間をかけるため、高価なものになる傾向があります。ぼくがいた沖縄では、ガラスはお土産品なので、高くてもせいぜい3千円程度。切子を作ったとして、もし1万円なんていう価格になってしまったとしたら、それは、ちょっと考えものかな、と。ぼくとしては、できるだけ多くの方に使ってもらいたいので。ひとつに時間も技術も贅沢に費やすのは、作品やオブジェなどではありだと思うんですが、実用のプロダクトを想定した場合は、手間とクオリティと価格のバランスを考えなければな、と思っています。

 

—それでは、最後に、今後、どんなガラス作家になりたいですか?

 

最終的には工房を持ちたいと思っていまして、具体的に場所が決まっているわけではないのですが。嫁さんもガラスをやっていましたので、家族で工房が経営できたらいいなと思っています。でも一方で、富山に来て、工房を開くことだけが全てではないと気づかされもしました。レンタルで作品を作り続けている作家さんもおられますし、また、自分で窯を持つということには、やはりリスクもつきものです。

 

今は、いろんな先輩方の姿を見ながら、多くの選択肢に触れていきたいと思っています。でも、とにかく将来的にも、ガラスは続けたいですね。

 

まずは食べていくということを考えていくと、最初は「体験」などのサービスも展開しつつ、金銭的なベースを維持しながら作家活動を、と。作っていきたいものは、日常使いのものもですが、ぼくの嫁さんがステンドグラスなどを得意としているので、「建築とガラス」というテーマで、将来的には取り組んでいけたらなと思っています。

 

あとは、コンペだとか公募展なども、これからは積極的に挑戦していきたいです。

 

 

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古賀 雄大(こが ゆうだい)

 

素材の魅力をそのままに、まっすぐ、ガラスの綺麗さを表現するガラスづくり。

 

[所属]

富山ガラス工房

 

[略歴]

1988年 福岡県生まれ

2011年 東亜大学医療工学部医療栄養学科 卒業、管理栄養士免許 取得

2011年 琉球ガラス職人見習いとして有限会社海風 入社

2016年 富山ガラス工房第2工房 所属

 

[受賞歴]

2015年 第67回沖展 奨励賞

2016年 第68回沖展 奨励賞

  • プロフィール
仕事
ガラス作家
ホームステイの受入れ
受け入れ不可
性別
男性


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